「東京八景」を読んだ。ついこの間まで「太宰治の手紙」を読んでいたが、太宰を分かるという心地は久しぶりだった。まさにI know the feeling. 永遠の少年のように、飛翔して落ちる。己を恥じているのに現実と乖離していく様が愚図に刺さるのだと思う。

 

 自分の醜態を晒すこと、書くことで何かを贖おうとしている。私は悪いのです、間違いなく、周囲のせいではないのです、ただ私が悪い。恥ずかしくって自分が悪くてたまらなくって泣いてしまう。こういうのは周囲に見捨てて欲しいのか、包んで欲しいのかよく分からないところだ。

 しかし太宰は不思議な人で、グズグズした点が目立つけれど、まめまめしき男であることは確かであって、何か人を惹きつける部分を持っている。中毒や借銭の点で放っておけないという理由があるかもしれないが、太宰は誠実さがあって近しい人や周囲の目を気にしている。社会を気にしたからこそ裕福な生まれを恥じて罪に感じている。まあしかし太宰の意識と現実の乖離は甚だしく、しかしそれは誰しも大なり小なりあることだろう。

  

 ダラダラ書いてきて思ったが、生きるときの転換点は、死のうと思いつめていって、虚構の自分と現実の肉体が出会った時に訪れるのかもしれない。主観が覚めて客観視できるようになったとき。

 

 この二冊を読み終えて私は井伏先生を尊敬するようになった。見捨てないでくれる人はあるものだ。