ブランドのコレクションや広告を気にするようになってから思うのは、ファッション誌に載っている服はブランドのオススメアイテムそのままなのではないかということである。雑誌に載っているのは大概オープニングルック、クロージングルック、イットモデル着用ルックのような気がする。

 ヴァレンティノ2019SSのオープニングルックf:id:hanashimako:20190227101420j:imageクリステンマクメナミーの着ていたこのドレスとピッチョーリの述べた黒はエネルギッシュな色という言葉をよく見る。

 マークジェイコブス2019ssのピンク!f:id:hanashimako:20190226230327j:imageロマンティックですてき!だけど雑誌のどのコーナーでも見るよね。あとこのトレンチとヘッドドレスもよく見るね。f:id:hanashimako:20190226230331j:image

 エディスリマンによる新セリーヌのオープニングも。f:id:hanashimako:20190226231154j:image夜とフレンチの取り合わせがよいのか雑誌でもこんな感じな気がする。

 

 当たり前といえば当たり前なのかな。ブランドも注力しているルックだろうし、そこからトレンドの生まれるわけだし、雑誌もそれを作るわけだし。雑誌に広告を出しているスポンサーな場合もあるわけですし。

 どういうロケーションで撮るかは雑誌によって当然違うから、同じルックでも動きが異なっていておもしろいのはあるけどね。

 罪悪感みたいなものは底の方にこびりついてる。勉強しておらず働いておらずさりとて家中のものに尽くしているわけでもないから。ただただこう生きているのは、モノや金を消費し二酸化炭素を排出し社会の悪い方を担うばかりで嫌だと思う。しかあれども線路に飛び込むわけには行かないのは自明である。人の迷惑になるのは良くないと分かる。死ぬことは避けられないことだが、迷惑にならぬよう終わるには生きるしかない。

 とかなんとかお風呂を洗いながら考えていた。

 

 なぜ私は今不安を忘れているのだろう。

 自分の内側に入っていなくて、遠くから自分を見ていないからか?ひとりになっていないからか?本を読んだり物質を買ったりして精神が俗物に向いているからか?

 勉強はしていないし、来週からはバイトが始まる。肉体は相変わらず入眠を遅らせているし、消灯することはできない。こういう事実は確かにある。

 自分は何かから目を逸らして今いるように思う。それを自覚しないようにしているから不安を感じていないのではないかと思う。

 不安を抱かない状態に気づくとどこかで怖さを感じる。また何かしっぺ返しが来る気がする。

 精神はギリギリで追い詰められていないとダメだと思う。でもそうしたら体は動けなくなる。

 

 私の文章をまとめる気がさらさらないことは大変問題である。

「東京八景」を読んだ。ついこの間まで「太宰治の手紙」を読んでいたが、太宰を分かるという心地は久しぶりだった。まさにI know the feeling. 永遠の少年のように、飛翔して落ちる。己を恥じているのに現実と乖離していく様が愚図に刺さるのだと思う。

 

 自分の醜態を晒すこと、書くことで何かを贖おうとしている。私は悪いのです、間違いなく、周囲のせいではないのです、ただ私が悪い。恥ずかしくって自分が悪くてたまらなくって泣いてしまう。こういうのは周囲に見捨てて欲しいのか、包んで欲しいのかよく分からないところだ。

 しかし太宰は不思議な人で、グズグズした点が目立つけれど、まめまめしき男であることは確かであって、何か人を惹きつける部分を持っている。中毒や借銭の点で放っておけないという理由があるかもしれないが、太宰は誠実さがあって近しい人や周囲の目を気にしている。社会を気にしたからこそ裕福な生まれを恥じて罪に感じている。まあしかし太宰の意識と現実の乖離は甚だしく、しかしそれは誰しも大なり小なりあることだろう。

  

 ダラダラ書いてきて思ったが、生きるときの転換点は、死のうと思いつめていって、虚構の自分と現実の肉体が出会った時に訪れるのかもしれない。主観が覚めて客観視できるようになったとき。

 

 この二冊を読み終えて私は井伏先生を尊敬するようになった。見捨てないでくれる人はあるものだ。

  

 誰が長期的な国家のグランドデザインを描いているんだろう。誰がそれを共有しているんだろうか。そんなものはあるのだろうか?

 

 国家への所属意識というか愛国心みたいなものはある程度自己愛と関わっていると思う。イデオロギーが中核をなす人もいるだろうけど。

 ひきこもっているわたしは所属できるところが少ないから、多分日本に良くあってほしいのだろうと思う。知らんけど。まあそうだと仮定して、それが歪んだ自己愛になってしまう時がこわい。

  すごいすごい、つよいつよい、すごすご、つよつよ、すごくてつよい。日本は特殊で特別なんだ、という番組を見るたび不愉快になる。気持ち悪い自己満足だと思う。

 

 別に発展しなくていい。このまま続いていってほしい。何も変わらず。ああ諸行無常の響きあり。鎖国したい。明治のような胆力はもうなくて、平和ボケした楽天家でしかいない。

 最近はもうわたしやわたしを構成する諸々は滅んでいくんだとしか考えられない。しかし悲しいかな、それは嫌だと思うのに立ち上がることはない。情け無い。牙を抜かれているようだ。国の衰退にこういう私の腐った精神が一役買ってしまう。これを嫌悪するけど、これだって本気じゃない。ああ。

 

 11月半ばから先週までに書いていた。肝心の面接のことは書かれていない。

 

 年末年始のバイトの面接に行ったがまだ採否が分からないでいる。

 まずウェブで申し込みをした。その後折り返し電話があるということでこちらの都合の良い時間帯を添えて送った。だがしかし直後に電話はかかってきた!翌日の午前中あたりに電話はくるだろうと予測していたから驚いた。電話では面接の日時や、バイトの申込書を郵送するから記入して面接時にもってくることなど伝えられた。最初に聞かれたのは居住地だったから交通費の有無についてまず確認したかったのかなと思った。申込書には出来るだけ勤務可能日数を多く記入するようにも言われた。シフトをあちらで組むかららしい。そりゃそうだ。

 

 採用通知ようやく来る。しかし同封されているはずのシフト表がない!どうなってんだ!

 仕方ないから電話して同封されていない旨伝える。えーみんなにも送ってないのかなあ、などと電話口でこぼす担当。シフト表を後日郵送する話で終了してくれてもよかったのに、折り返し電話をかけて下さって勤務日を伝えてくれた。自分のケータイ番号を伝えるのは中々緊張する。すぐ折り返すといったのに15分過ぎても電話なく、もしや電話番号伝え間違えたかと不安になる。しかし無事電話あり、大晦日以外は勤務日ということ分かる。ごめんねーといって担当は電話を切った。

 

 大丈夫なのか一部上場企業。

 

 シフト表2日遅れてくる。クリップで書類のミスを詫びる紙が留めてあった。しかしシフト表の読み方が分からない。予定では午後の3時間勤務なのだけど、勤務日に丸がしてあるのではなく、英数字が記されている。この英数字は一体どういう意味なのか注釈がない。私は電話した時に勤務日を聞いたからよかったけど、他の人は不安に感じたりしないのか?

 シフト表と一緒に振込先の案内も同封されていた。これも前回入れ忘れたのかな。

 

 採用通知の際に届いた、お給料の振込先と通勤方法を記入した書類を返送する。どうやら短期だけど社員の扱いらしい。社員コードを記入するフォームがあったけど、そんなものは知らされていないから無記入で出した。印鑑を印の上に思いっきり押してしまったがこれも知らん!

 

 投函した夜ポストをみるとまた何やら書類届いていた。勤務日初日にあるコンプライアンス研修の流れと勤務全体で気をつけることがプリントされていた。貴重品を置く会議室には鍵をかけないらしいことと、ケータイを持ち込んではいけないらしいことが気になった。これでは仮に夜8時頃まで残業があったら困るなあと思った。まあ多分現実には電源を落とす条件でケータイの持ち込みは可能になる気もするけどね。しかしお財布はどうしたらいいんだろうな。

 

 

 精神科のM先生がどんどん痩せていかれている。元から痩身の人だけど、今日なんて骨の上に座っているのかと思ってしまうような太腿になっていた。頬骨も浮き出ていて声にも元気がなかった。心配である。

 M先生の顔色が芳しくないと少し前から見ていたけど、そういえば夏ごろ不自然な日程の休診があった。何かあったのかもしれない。

 でもM先生は煙草を吸うのを辞めていないみたい。ハイライトの箱が減っていっているから。

 

「一気に始めようとしないで少しずつやっていけばいいんですよ、そしたら自然に弾みがつきますからね。今から何をやっても無駄だと思わないようにね。」

 こんな当たり前のことですら、信頼している先生に言われるとそりゃそうだなと受け入れられることが不思議だ。だってもう10年も付き合ってもらっている。そりゃそうか。